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2010年6月 9日 (水)

オクラの里親決定&お別れBBQ

友人たちに「止まったまま」となかば呆れられているサボり過ぎのブログ。

いろいろ書きたいことがあったのだけれど、なんだか書く気にならず。でもいよいよみなさんに報告しなくてはならないことがあるので、書くことにした。

ひよ吉94号くん、我が家での呼び名「オクラ」の里親さんが愛知県に住むファミリーに決まった。先週の金曜日、その方(Nさん)がわざわざ新幹線で我が家まで来てくれて、オクラと面会して気に入ってくださり、ほぼ即決だった。

4月、私がベトナム旅行をしている間、10日間オクラを預かってくださった、ふがれすのスタッフじゅんさんが、オクラをたいそう気に入ってくれて、Nさんに里親になってはどうかと話してくださったのだ。

Nさんは2匹のパグと一緒に暮らしていたのだけれど、昨年、今年と立て続けに愛しいバグたちを亡くしてしまい、精神的なダメージがかなり深かったそう。周囲の人たちに「また大好きなパグを飼うことが、いちばんの療法」と薦められて、決意されたという。

パンズが亡くなってしまったとき、半年過ぎても寂しくて辛くてどうしようもなくて、つむじを迎えることにした私たちには、お気持ちがよーくわかる。

これからいっぱいの愛情で包み込んでくれるファミリーと生涯を送ることができるオクラ。幸せだ。

………

思えば1月末のすごく寒い日の夜にオクラはやってきた。毛はボサボサだし、やせっぽちの枯れ枝みたいだし、象皮だらけの皮膚炎だしで、初預かりの私はちょっとした衝撃を受けた。すぐにシャンプーをしたけれど、ゴツゴツ骨だらけの体のうえ、ちょっと体に触れると、ふんばれずに腰が浮いてしまうほどの軽さで、どう扱っていいのかわからなかった。いくら洗っても汚れは落ちなかったし…。後日、masaがシャンプーをしてくれた。終わったあと彼は泣いていた。ガリガリに痩せた体を洗っていたら、悲しさと悔しさがこみ上げてきたらしい。亭主とはいえ、男の涙に弱い私はそれを見て大泣きした。

来てまもなくオクラは激しい下痢。血便も出て、「もしかしたら悪い病気かも…」と思ったけれど、病院で注射を打ってもらうとあっという間に治り、ホッとした。ただしその後、どんなにケアしても皮膚病はなかなかよくならず、体重もまったく増えなかった。それでも元気いっぱいの甘え上手なので、我が家に来る人たちみんなに愛された。

5月になって、梅雨に入る前に皮膚を診ていただこうと、ふがれすの指定病院にオクラを連れて行った。なかなよくならない…と訴えると、抗生物質と抗ヒスタミン剤、そして点耳薬を処方してもらった。帰りにふがれすの事務所に行って、代表のとらおさんに顔を見せると「オクラ君、皮膚も、毛ヅヤもよくなった」と言ってくださった。 うん、少しずつ、少しずつだ…

そんな思いでせっせとケアしてたら、ナント白目の濁りが薄れてきて、まったく毛がなかったお腹にケガは生えてきて、カチカチの象皮も柔らかくなって、小さかった腰に肉がついてきたみたい。うちにきて約4ヶ月、ようやく希望が見え出した…

そんな矢先に来たメール「愛知県の人が里親希望です」

それを読むだけで涙があふれてしまった。はぁ~~まだ決まったわけでもないのに、先が思いやられる私。

そして先週、Nさんが里親になってくれることかが決まったのだ。今は時々寂しさでいっぱいになるけれど、子供のいない私がウチから送り出すという初めての行為に、少し感動したりしている。

5685091_7343616_183large  6月5日は、ミ5685091_7317438_139largeクシィのさいたまパグサークルが主催する秋ヶ瀬BBQへ。

これがちょうどよくオクラお別れ会になった。この日はふがれす募金のためのチャリティバザーもしてくださったので、ほとんどの人がふがれすを知っている。みんなが次々とやってきて「里親さん決まってよかったね」とオクラを抱きしめてくれる。 

Horisan2_2 オクラ、こんなにいろんな人に抱きしめられたことあった? あなたは抱っこが大好きだからきっと幸せいっぱいのはず。私もmasaもいいようのない満足感でいっぱいだ。

我が家を発つのは19日の予定。いま、Nさんはステキな新しい名前を考えてくれている。

(上2枚の写真 撮影はちはるさん、下の写真 撮影はホリさん)

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