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2006年2月27日 (月)

花爛漫のお別れ。

sumiさんは本当に草花が好きだった。

sumiさんがいたとき、私たちがいた病室のこと、私は「110号室ギャラリー」と呼んでいた。窓辺の棚の上は、季節ごとの行事に合わせてきれい草花の飾り付けが施され、訪れるナースやドクターの心まで和ませた。全部sumiさんがゆっくり、楽しんで作っていた。

私も仕事で様々なフラワーコーディネイトを見てきのだが、病室のとても小さな棚で、ここまで優しいコーディネイトできるとは…と、とても新鮮な感動だった。

そんなsumiさんの葬儀、告別式は都内郊外の小さな会場。でも美しい花がいっぱいで華々しsumiesan2かった。ふつう葬儀に枝ものは供えないらしいが、親族の希望で桜などの枝ものも飾られた。あんまり大らかな勢いのある花々に、気持ちがほっとしたぐらいだった。ただ、27歳の娘の胸に付けられた「喪主」の名札が付いた大きな造花は、胸を詰まらせた。

親族でもないのに火葬場まで行かせてもらった。焼かれる前のsumiさんは、まるで生きているようにきれいで、sumiさんの姉が最後の最後のお別れのとき、ほっぺをそっとたたいたり、こねくりまわしていた。「見てよ、こんなに柔らかいのよ」って。本当にフワフワ、白くてきれいな皮膚だった。焼かれた後、喉仏はきれいに残ったけれど、骨は粉々に小さくなった。若いけれど長く強い薬を使っていたからだと火葬場の人が説sumiesan4明した。

私もできることなら冬に死にたい。

昨年の夏に死んだ祖母は、お葬式のとき全身ドライアイスで 、皮膚の表面にまで霜が付いていて、肌の色も変わっていた。あの時、「あー。おばあちゃん、私が自慢だった別嬪さんが台無しだ。そうか、もうこの世のヒトじゃなくなっちゃったんだなぁ」って思ったな…。

そんなことを、私はsumiさんとのお別れに思い出していた。

いつか…。それはそんなに遅くないかもしれないけれど、すごく遅いかもしれない。私もまだ治療後2年だから、先は読めない。いつになるかわからないけれど、そのときが来たら、きっとあなたを探しに行くからね。そこは私にとって、とても居心地のいい場所だと思うから。

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