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2006年2月28日 (火)

gym。

体を動かして、汗をかくのがスキ。無心になれるから。いろいろ悩みがあるときや、仕事が立て込んでいるとき、無理やりジムに行く。昨年7月から通いだしgymた。有酸素運動をしてから、たっぷり筋トレ。私は肉体も精神も体育会系だと思う。

ただ夢中になってやり過ぎると、リンパ浮腫の左足首がどっかんと腫れる。後悔しつつ、その日の夜は入念にリンパドレナージュ。これがすっごく面倒でキライ。

表題が「ピンチ脱出法」なのに、ここんとこ、いまひとつ表題に合わない内容が多かった。少しずつ、楽しいことを探していきたい。

最近のお気に入りジムグッズ。ひとつは吉祥寺のオシュマンズで、クリスマスプレゼントにmasaが買ってくれたNIKEのトレーニングシューズ。もうひとつはスイス SIGGのボトル。これにアミノ酸系スポーツドリンクを入れてジムに持っていく。軽くて丈夫で便利。毎年新柄が発売されて、かわいいから、この先いろいろ欲しくなりそう。

※パンズはブツ撮りしていると必ず入ってくる。

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2006年2月27日 (月)

花爛漫のお別れ。

sumiさんは本当に草花が好きだった。

sumiさんがいたとき、私たちがいた病室のこと、私は「110号室ギャラリー」と呼んでいた。窓辺の棚の上は、季節ごとの行事に合わせてきれい草花の飾り付けが施され、訪れるナースやドクターの心まで和ませた。全部sumiさんがゆっくり、楽しんで作っていた。

私も仕事で様々なフラワーコーディネイトを見てきのだが、病室のとても小さな棚で、ここまで優しいコーディネイトできるとは…と、とても新鮮な感動だった。

そんなsumiさんの葬儀、告別式は都内郊外の小さな会場。でも美しい花がいっぱいで華々しsumiesan2かった。ふつう葬儀に枝ものは供えないらしいが、親族の希望で桜などの枝ものも飾られた。あんまり大らかな勢いのある花々に、気持ちがほっとしたぐらいだった。ただ、27歳の娘の胸に付けられた「喪主」の名札が付いた大きな造花は、胸を詰まらせた。

親族でもないのに火葬場まで行かせてもらった。焼かれる前のsumiさんは、まるで生きているようにきれいで、sumiさんの姉が最後の最後のお別れのとき、ほっぺをそっとたたいたり、こねくりまわしていた。「見てよ、こんなに柔らかいのよ」って。本当にフワフワ、白くてきれいな皮膚だった。焼かれた後、喉仏はきれいに残ったけれど、骨は粉々に小さくなった。若いけれど長く強い薬を使っていたからだと火葬場の人が説sumiesan4明した。

私もできることなら冬に死にたい。

昨年の夏に死んだ祖母は、お葬式のとき全身ドライアイスで 、皮膚の表面にまで霜が付いていて、肌の色も変わっていた。あの時、「あー。おばあちゃん、私が自慢だった別嬪さんが台無しだ。そうか、もうこの世のヒトじゃなくなっちゃったんだなぁ」って思ったな…。

そんなことを、私はsumiさんとのお別れに思い出していた。

いつか…。それはそんなに遅くないかもしれないけれど、すごく遅いかもしれない。私もまだ治療後2年だから、先は読めない。いつになるかわからないけれど、そのときが来たら、きっとあなたを探しに行くからね。そこは私にとって、とても居心地のいい場所だと思うから。

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2006年2月23日 (木)

桜は間に合わなかった。

2月21日夜、sumiさんが息を引き取った。

私は2003年12月末、子宮頚部のリープ円錐切除術を受けた。でも切除した断端にがん細胞があったため、リンパまで浸潤していることがわかり、翌2004年1月に広汎子宮全摘出手術を受けることになった。1月19日再入院。4人部屋の病室にひとりいたのがsumiさんだった。カーテンがしまっていたけれど、私の好きな洋服屋「ハリウッドランチマーケット」の紙袋が棚においてあり、「気が合うかも」と思った。

入院荷物の整理が終わった頃、友人がやってきた。笑いながら話していたら友人の携帯からいきなり着信音。「大丈夫だよ、婦人科だから」と私が言ったら、カーテンの向こうから「携帯切ってください! だめなんですよ!」ってsumiさんの激怒の声。はじめて聞いた声はとても怖かった。sumiさんのベッドにはナースが慌しく出入りしていた。

夕方になってはじめて姿を見せたsumiさんは、頭に日本手ぬぐいをきれいに巻いていた。この日、彼女は抗がん剤治療だった。

その日からsumiさんが亡くなるまでの約2年1ヶ月。sumiさんは私の人生に大きな影響を与える人になった。純粋で潔白で前向きで、あんな大人、私は知らない。sumiさんは死ぬことを受け入れると言ったが、私のために死んでもらっては困ると思っていた。

もうひとり忘れられない人がkankoさん。sumiさんと私のいた病室に、毎水曜~土曜だけ抗がん剤治療にやってきた。母よりも年上だったが、海外旅行の話しやお茶の趣味で気が合い、大好きだった。くだらない下ネタが好きなのも私に似ていた。歳を感じさせない若い感性をもっているけれど、彼女の話から学べるものがたくさんあった。抗がん剤が終了してわずか3ヶ月、子宮体がんから肝臓がんへの転移が見つかった。kankoさんは家族に問題を抱えていて疎遠になっていたので、末期の看病のほとんどをsumiさんが行っていた。kankoさんは2004年雪の降る大晦日に亡くなった。

私が治療のときはまだ元気で、私のことを励ましてくれた人が他にも6人亡くなっている。指折り数えるのがイヤで意識的にやらなかった。でも今日数えた。大切な人、8人が亡くなってしまった。

私が術後の熱やおしっこ訓練や、治療、それからリンパ管炎の痛みや熱で苦しかったとき、励ましてくれたり笑わせてくれた人たちは、なぜみんな亡くなってしまうのだろう。私みたいに今なんでもない人と、亡くなってしまう人がいるのはどうしてだろう。生存率…というのがある。知っているけれど、わからない。悲しすぎてどうしようもない。

今日、診察で午後病院に行ったとき、sumiさんは解剖が終わり、病院を立つときだった。病棟のナース(私もsumiさんも信頼していたし、スキだった)が見送りに降りてきた。私が名前を呼ぶと振り返って泣き顔。「なっちゃんはsumiさんのぶんまで頑張って生きなさい」

ありがとう。でもしばらくは頑張れない。

sumiさん、春まであと少しだった。おいしいお茶を飲みながら、一緒に桜、見たかった。

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2006年2月21日 (火)

2月18日の金目鯛、その後。

金目鯛はいまいちばんおいしい時期。サイズもいいし、脂が乗ってる。うちはふたり暮らし(&犬一匹)だけれど、切り身じゃなくて丸のまま煮たい! と思って先週土曜魚屋に行った。いい形の金目1尾1500円。「これちょーだい。お腹とってウロコひいてね」って頼んだとき、興奮で私の鼻の穴はちょっとふくらんだと思う。

うまい魚は煮方が下手だってちゃんとフォローしてくれる。今日はあんまり甘辛にせず、さっぱり味に。あー、うまい。宮城の日本酒、乾坤一[けんこんいち]をチビチビ飲みながら。kinme

(魚の盛り付け頭が逆なのがちと恥ずかしい。ちなみに隣に写っているのは生湯葉。こっちはわさび醤油で)。その後は煮汁ごとご飯にかけてフィニッシュ。身も煮汁も少しずつ余ったので、身はほぐして煮汁にほうりこみ、容器に入れて冷蔵庫へ。

プルプル、チュルチュルの煮こごりは今日も我が家に歓声を運ぶ。

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2006年2月15日 (水)

仕事が来た。直後にタミフル。

10日前、大手メーカーの新製品キャンペーンのコピーっていうでっかい仕事が思いがけずやってきた。細かい仕事はちょこちょこあったけれど、まとまった仕事は癌治療後約2年ぶりになので、打ち合わせは少し緊張。チラシやら新聞やらいろいろな媒体があり、掲載サイズや購読年齢層によっての書き分けを一気にやらなくちゃいけないからけっこうハードだけれど、まぁスムーズにこなせてる(と思う)。発注元のプロダクションの取締役は、私の病気のことも知っていて「取材もほとんどないだろうし、あんまり動かなくていい仕事だから今のあなたにちょうどいいよ」と気を使ってくれた。私を選んでくれたことに感謝。

しばらくはsumiさんの病室になかなか行けなくなってしまうのが気がかりだ。お見舞いに行くと必ず「仕事はどう?」と聞いてくれたsumiさん。進行中の仕事の話しをすると「がんばっている人にはいい仕事がくるのよ」って笑ってくれた。今度、会いに行くとき、今の仕事の話しをしよう。いまのsumiさんは話すことや目を開けることが難しいけれど、私がいること、話す内容は十分理解してくれているのだから。

そんな中、12日、鼻水が流れ始めた。夜、熱が出た。市販薬を飲んでも熱下がらず。13日熱&咳。夕方になって点滴か注射を打ってもらって、仕事をさせてもらおうと近所の暴走族風ドクターのいる病院へ(けっこう人気でいつも混んでる)。38.6℃。「インフルエンザの検査しよう」とドクター。「センセー。今日、徹夜仕事になるんです」D「えーっ!そんなの無理だよ」「でも代わりがいなくて…」「ちょっと結果待ってて…」と診察室を追い出され待つこと10分。再度呼ばれて入ると…。D「見てよ、こんなに反応してる。インフルエンザだよ…。はぁ~。特効薬だすけど、徹夜は無理だよ~あははははは」力なく笑ってる。私も弱気になってそれ以上言えずフラフラと診察室を出る。

インフルエンザの潜伏期間は2~3日らしい。発症の3日前に打ち合わせに行っているから、感染ルートは打ち合わせでの同席者か、または電車の中の誰かか。脇が甘かった。

処方されたのは抗生剤のシプキサノン、熱・痛み止めのケンタン、消炎剤のバザロイン、胃薬のアランタ、そして鳥インフルで話題になったタミフル。晩から飲む。効いた。頭はクラクラしたけれど、そこに鞭を打ち込んで夜中3時までブッチギリ。さすがドクターだ。ありがとう。 Tamiflu75

ちなみに犬にインフルエンザはうつらない。人間の風邪もうつらない。一緒に寝ても大丈夫。

13日はmasaの誕生日だった。夕飯作ったり、パンズの世話したり大変だったmasa。なんのお祝いもできずごめんなさい。 味覚が戻ったら豪華上海料理に行こう。

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